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感動ポルノ「アイ・アム・サム」を観て吐いた話

アイ・アム・サム

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 今月の頭にBS12で放送された「アイ・アム・サム」の録画を消化したのですが、胸が気持ち悪い空気でいっぱいになってしまったので、ここで吐き出せさて下さい。前知識としては、障害がテーマらしい、ネットでの評価が高い(yahoo映画4.2/5)という点は知っていて、あらすじは全く知らない状態で鑑賞しました。

 

 ざっくりあらすじを説明すると、知的障害を抱える父「サム」が、ホームレスの女が出産した娘と、二人で生活することになります。(母は、開始早々「子供なんて欲しくなかった」と、出ていきます。)

なんやかんやあって7歳になったルーシー(クソ忙しい育児の時期は飛ばされ)は、サムの知能を追い抜いてしまします。それをみかねた地域のソーシャルワーカーが、サムには父親としての能力が足りないとして、ルーシーは施設に送られ二人は離れ離れになってしまいます。はたして、サムは愛する娘を施設から取り戻すことが出来るのか!?というのが大まかな流れです。

 

いくつかひっかかったポイントがあるので、順を追って説明します。

①変に都合が良いせいで、社会派映画ではなくただの感動ポルノになっている

 前半は、やはり知的障害の壁がサムに立ちはだかり、暗い場面が続きます。娘がサムに気を遣って文字が読めないふりをしたり、弁護士がとりあってくれなかったりと、冷たくも現実的なシーンが続きます。

 個人的に、障害をテーマにした映画で感動モノだと「チョコレートドーナツ」とかは好きなんですよ。そちらはゲイのカップルが育児放棄されたダウン症の子どもをひきとるものの、やはりソーシャルワーカーに引き離されてしまうといった物語なのですが、「楽しいシーンは楽しい」んですよ。ラストは滅茶苦茶暗いものの、障害を抱えた本人が二人と触れ合うことで、ポジティブな気持ちになったり、成長する過程がしっかりと描かれています。

 

 しかし、アイ・アム・サムでは、ポジティブな場面がとても少ないんですね。なので、引き離されるとなってもあまり感情移入できませんし、施設の人間からすればある意味当然の処置なのですが、本作では一方敵に国側が「悪」として描かれています。

 そもそものテーマが障害を抱える父と娘間の家族愛なので、ここまでは僕の好き嫌いの問題で映画としては良いものだと思います。障害をテーマにした映画が、全てポジティブに描かれていてもおかしな話ですからね。しかし、問題はこれからです。

 

 正直どの辺りから気持ち悪さを感じ始めたのはわかりませんが、ルーシーが里親にひきとられた辺りだと思います。なんとかまたルーシーと一緒に暮らしたいサムと、父を思い続けるルーシー。なんやかんや周囲の人が協力してくれて、ついにルーシーを取り戻します。

 前半あれだけ暗く冷たい社会の目が描かれていたにも関わらず、後半になって急に映画が始まったのです。

 個人的に、「フォレスト・ガンプ」はそこまで嫌いではないんですよ。そちらは障害を抱えるガンプが、何故か社会で無双する話なのですが、作品として一貫性があります。俗にいう「なろう」系のよう感じで、映画としてはよくできています。歴史背景も描かれたりしてますしね。

 しかし、アイ・アム・サムでは、全体の一貫性がありません。まぁ親子愛のテーマとしては一貫しているのですが、あまりにも不自然で強引な感動の路線に舵を切るのが、本作の吐き気がする点です。余りにも都合が良すぎるんですね。いや、あんだけ現実見せておいて、最後は結局24時間テレビかよ!?って。

 

②キャラが薄い

 結局、サムは知的障害を抱えていても娘の為に頑張るパパとしか描かれていないんですよ。サムには同じく障害を抱えた友人が居るのですが、サムには協力的なものの、「キャラ」としての個性の開示が一切ないんですね。ただのモブになってしまってるんです。

 サムがルーシーを取り戻す裁判にあたって、協力してくれる弁護士が居ます。彼女は、娘を失い自暴自棄になっているサムに

「私は夫に私より優秀な女と浮気されていて、息子にも嫌われているダメな母だ、私だけがダメなの・・・」

と、打ち明け慰めます。彼女は健常者ですが、別に障害を抱えても抱えていなくても、つらいことは皆起きるから、サムも娘を取り戻そう!と。

 彼女は唯一感情移入することができるキャラクターですが、ほう少しサムの友人であったり、施設の人間を完全な「悪」として描くのではなく、キャラとして掘り下げてくれればな・・・と個人的に感じました。

 

ビートルズの曲がカバー

 これは権利の都合だったりで仕方ないのかもしれませんが、あれだけビートルズを散りばめておいてカバーなのはどうなんでしょう。個人的には、「I Want Hold Your Hand 」みたいなテンポ良くてノれる曲が好きです。

 本作では「Here Comes The Sun」がキーワードなので、末期のビートルズ好きは楽しめるかもしれませんね。

 

終わりに

 ワンピース等の感動ポルノ好きの方なら楽しめると思いますが、僕にはどうも合いませんでしたね。前半で変にネガティブ要素を入れる必要あったのかな、と。親子愛を描きたいのか、社会問題を描きたいのかが、とても中途半端でした。

映画「若おかみは小学生!」考察 何故おっこはメンタルが鬼強いのか?

若おかみは小学生!

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 SNS上で本作が話題になり始めた頃、新宿バルト9での上映は一番小さいスクリーンで午前の一上映のみと、鑑賞が非常に困難でしたが、ふとHPを確認するとドでかいスクリーンで一日六回の上映に増えているではないか。これは足を運ばない理由がない。

 上映前はプリチャンの映画を観にいくようなテンションでした。が、余りにも児童書の映画化とは思えない暗いストーリーが始まり、完全に出鼻を挫かれた。個人的に「ダンザー・イン・ザ・ダーク」のような映画は大好物ですが、のほほんとしたタイトルとポスターでこれはズルい。騙されない人って居るの?

 僕が小学校5.6年生の時に同級生の女子が書籍版を読んでいたけれど、本作の主人公「おっこ」しかり、女子はメンタルが鬼ですね・・・

 

 タイトルからして、「小学生の両親が離婚して、祖母の家に引き取られて家業を継ぐドタバタコメディーなのかな~」と考えていましたが、いざ蓋を開けてみると

両親は交通事故により死亡。死の淵を彷徨っているおっこは、謎の幽霊に助けられ、一命を取り留める。祖母の家に引き取られ、助けてもらったお礼に若おかみデビュー。

ここまで上映開始からわずか三分。これ、幼稚園児が観たら泣くだろ・・・とツッコミを入れるが、そもそも何が起きたのか理解できないかもしれない。余りにも濃いスタート。

 

 両親を亡くしたにも関わらず、落ち込むことなく若おかみとして仕事をこなすおっこ。しかし、その原動力は、彼女の中で両親はまだ生き続けているからであった。夜目を瞑れば、温かく包み込んでくれる両親。

「なぁんだ、死んでなかったんだ」

 あっけらかんとした声でそう呟くおっこ。演出が本当に奇妙で、女児泣くよ。マジで。そう、ただおっこが鬼メンタルの持ち主ではなく、彼女の中で生きているから、落ち込まないだけなのだ。

 この描写から、僕は「そもそもおっこを取り巻く幽霊は、全て彼女が空想上で作り上げたものではないか?」と考えた。その後、それぞれの幽霊達は、とある無念から現世に居座っていると判明するものの、いくつ引っかかる点がある。

 

 ①妖怪が成仏しない

Angel Beats! 」や「あの花」では成仏してラストを迎えるが、本作では「見えなくなって」終わる。若おかみとして成長する一方で、日に日に彼らが見えなくなって行くおっこ。幽霊達はその事実に悲しみつつも、成長したのだから仕方ないと納得していた。

「一人にしないで!」と泣き叫ぶおっこの前に現れるも、彼女の瞳には何も映らない。

 この成長するにつれて姿が消えて行くというのは、幼少期のイマジナリーフレンドと似ていて、発生した原因も両親の交通事故による心的外傷と考えると納得がいく。

 「成仏」しないということは、おっこ自身の深層心理に還ったのでは、と僕は考えました。まぁ、本作は脚本がしっかりしているので、この考察自体、僕のただの妄想にすぎないんですがね・・・幽霊自身が、ゆっこ以外の外界と繋がりを持っていると作中で明らかになっているので。

 

 ②おっこの繰り返されるフラッシュバック

おっこの事情を知ったお客さんが気晴らしにショッピングに誘ってくれるシーンがあるのですが、高速道路を走っていると事故の光景がフラッシュバックし、過呼吸になってしまいます。

徐々に呼吸が小刻みになると同時に、事故当時の映像が繰り返される演出は、本気で僕らを殺しにかかってます。こっちがPTSDになっちゃうよ。

 逆に思い出さなかったらそれはそれでおかしな話なのですが、その後幽霊に助けを強く求め、見守られていることを確認すると症状が収まります。このことから、彼女が自らを守る為に作りだしたイマジナリーフレンドだとも考えられます。

 

 僕が本作を鑑賞している中で、常に頭に引っかかっていたことが、「何故彼女はここまでメンタルが鬼強いのか?」でした。

 もちろん上記のPTSDによるイマジナリーフレンド説も考えられなくもないですが、一番自分の中で納得できた答えは、「若おかみというアイデンティティーが芽生えたから」です。

 若おかみになるといっても、まだまだ見習いなので間違いをやらかしてしまうおっこ。そんなドジなおっこを温かく見守る幽霊達。そんな微笑ましい日々の中で、旅館の激務をこなしながら、若おかみとして成長して行くおっこ。現実世界で居場所が出来て、ネットを卒業するオタクに似たものを感じます。なんだかんだ、人に必要とされると嬉しいものですからね。

 幽霊が見えにくくなるポイントがありまして、それが年に一度行われる舞踊に選ばれてからです。ペアの同級生は完璧に踊るので、必死に追いつこうと頑張るおっこ。

 僕はまだまだ子供なのでよくわかりませんが、単純に忙しくなって自問自答なんてしている暇がなくなったその時こそが、大人になるということなのではないか、と考えます。

 彼女の中で自分を認めてくれる存在が今までは両親だったのが、幽霊になり、そして若おかみとしてのお客さんの笑顔になったんでしょうね。小学校の同級生もお店の手伝いをしていたり、伊豆の小学生って皆タダ働きしているんですかね?素直に尊敬します。

 僕はアルバイトを接客業しか経験したことがないのですが、おっこのようにお客さんの為に頑張ろうだとか、ありがとうと言われたいから仕事を頑張ろうと考えたことは、一度もないです。おっこにまだ小学生の純粋さが残っているからこそ成り立っているのであって、数年後はわからないと思います。実際僕は、家業とは無縁なのでその辺りは良くわかりませんが・・・。そんな考えの僕だからこそ、おっこには素直に尊敬します。

 

 僕は子供のメンタルヘルスの観点から鑑賞しましたが、人によっておっこの捉え方は様々だと思います。SNSでバズったのも、こういった議論が行いやすいからかもしれませんね。皆さんの瞳には、おっこはどのように映りましたか?

 精神衛生が不安定な方は、ある程度の覚悟が必要です。

 

 僕はクソザコメンタルなので、暗い映画を観ると、いつも何も出来ない自分と比べてしまって、自己嫌悪の渦に飲まれるんですよね・・・好きなジャンルではあるのですが。映画だと、「ティエリー・ドグルドーの憂鬱」とか好きです。最近観た「ナイトクローラー」も、清々しい程の胸糞で良かったですね。

 

  鑑賞当日は、午前中に録画したおくりびとを鑑賞した後だったので、何かの運命を感じました。僕みたいなうんこ製造機でも、わざわざ死に急ぐ必要はないのかな・・・と、なんだかポジティブなれた一日でした。今日も一日、がんばるぞい!

音を立てたら死ぬけど、子作りはするぜ! 映画「クワイエット・プレイス」レビュー

クワイエット・プレイス

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 「音を立ててはいけない」という設定が面白そうだと公開前にSNSで話題になったものの、いざ公開されるとイマイチ盛り上がりに欠けるという、謎の現象が起きた映画。

実際、客席も3割程度しか埋まっていませんでした。

 最近では「カメラを止めるな」や「ペンギンハイウェイ」等、SNSでバズる映画が増えていますが、僕はほとんどステマだと思っています。いつから電通がクチコミを操作しないと錯覚していた・・・?

 それでも「若女将は小学生!」の劇場版は気になりますね。本当に今の時代は、クチコミを判断することが難しくなったなぁと感じます。

 

 音を出してしまうと、「何か」に襲われてしまう街で暮らす四人家族の話。

前半は音を出してはいけないので、当然BGMもなく、微かな衣擦れの音や裸足が砂を撫でる音だけが劇場に響き渡る。

 ホラー映画での「じらし」がずっと続いている状態なので、ちょっとしたハプニングでもめちゃめちゃビックリする。音を出さないようにする工夫も面白いし、前半はピリピリとした緊張感が本当に心地良かった。

 

 「このままどうやって逃げ切るのかな~」

と考えていると、何故か妻が妊娠する。

 いやいや、ストーリーに抑揚をつけるにしても、流石に子供作るのはおかしくね!?

音出したら死ぬし、実際一番下の弟亡くしてるよね!?

 正直、劇場の皆が心の中でツッコミを入れていたと思う。この辺りから、一気に緊張感が解けてしまった。

 

 僕としては、「何か」は目が見えないので音に反応する

→「何か」が目の前に現れたら、息を殺して防災訓練のようにうずくまればやりすごせるのでは?と考えていたが、普通に走って逃げる彼ら。

 妻が出産してからは、何を思ったか「何か」と戦う方向にシフトする一家。

なんだかんだその路線で上手くいく一家。どうやら夫が以前から、「何か」の弱点を探っていたそうな。それにしても、斧一本で立ち向かうのは無謀すぎるぜ親父・・・

突っ込み所は満載でしたが、ラストシーンは嫌いじゃないですね。

 個人的には、前半の張り詰めた緊張感の中で、いかにして街を脱出するか、といったストーリーが観てみたかったです。

 

 「IT」に興行収入は勝っていても、内容としては同じくらいの面白さだと思います。

やっぱりホラーにしょーもない人間ドラマは必要ないと、改めてわからされました。

最強の16歳 メンヘラ家出少年の実話「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」

キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン

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主演:レオナルド・ディカプリオ(フランク・W・アバグネイル・Jr)

   トム・ハンクス(カール・ハンラティ)

監督:スティーヴン・スピルバーグ

 この映画は主人公フランクの自伝小説が原作なのですが、実話だとは到底思えない内容と、悲しくも納得できる人間ドラマが実に上手く、そしてテンポよく描かれていて、とても面白かったです。ジャンルとしては、人間ドラマに分類されるのかな?

あらすじ

 16歳の少年フランクは、父の会社の倒産や母の不倫をきっかけにバラバラになってしまった家族の現実を受け止められずに家出をする。行く当てもない彼だったが、ポケットには偶然父から誕生日に貰った50枚綴りの小切手が。

小切手詐欺を思いついた彼は何百万ドルも稼ぐが、FBI捜査官のカールに目をつけられ、世界を股にかけた鬼ごっこがスタートする・・・

 

 

 この映画の面白い所は、フランクの動機。彼は金さえあればまた家族が元に戻ると信じ、小切手詐欺を続けるも、母は別の家庭を築いていて、父は自分を認めてくれない。

そんな寂しさを紛らわすように、彼は女にモテようと考える。その為にパイロットや医者、弁護士に成りすまして小切手詐欺を続ける。

そう、ただフランクはただ寂しかっただけなのだ!

彼はFBI捜査官カールとの鬼ごっこを楽しんでいた。わざと自分の居場所を教えたり、本当の居場所を教えたにも関わらずどうせ嘘だろ?と無関心な態度をとられるとふてくされる彼の姿は、まさにメンヘラそのものである。

 メンヘラになる多くの原因は家庭環境によるものだが、本作にも当てはまる。フランクの場合、一時までは平穏な家族だったのが、会社の倒産をきっかけにドミノ倒しのように崩れていった。ここでフランクは、

「家族を壊したのは金なのだから、自分が金を稼げば元通りになる!」

と勘違いする。余る程稼いでも、修復不可能な傷跡を前に絶望するフランク。悲しきメンヘラ。やっぱり孤独は人を狂わせるんだな~と思いました。

 

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目指せ放課後ティータイム!

 中途半端な時間に昼寝をしてしまった僕は、未だ寝つけずにいた。モニターのか弱い光に囲まれながら、天井に張り付けたダノター城を眺めるのは実に気持ちが良い。

 ものおもいにふけていると、ふつふつと浮上してくる深層心理。そうだ、ブログを書こう・・・

 

  先日、ドロップアウトした母校の文化祭に来ないか、と旧友に誘われた。ここ数年当時の友人と顔を合わせていない僕は、たまには悪くない、何かあっても配信かブログのネタにすればいいや、と快く了承した。 

 当日の8時までハリウッドザコシショウの動画を鑑賞していた僕が目覚めると時刻は14時過ぎ。

正直かったるい気持ちでいっぱいだけれど、OKを出してしまったので後ろめたさがある。天使と悪魔が葛藤する中らちが明かない僕は、弟に助け船を依頼した。

 

「いや、行けよ」

「いや、だるくね?」

「誘われて行くって言ったんなら行けよ」

「いや、在学中に文化祭抜け出してた奴が、卒業して行くってものよくよく考えたらおかしい話だろ」

「確かにそれはそうだけど、行けよ」 

 弟に背中を押されたものの、イマイチ気乗りしない僕は、母に相談してみることにした。

 

「あんたが行きたいなら行けばいいし、行きたくないなら行かなければいいじゃない」

「たまには会うのも良いと思うんだけど、どうしても気乗りしなくてね・・・」

「まぁ行きたくないならいいんじゃないの。同窓会だってなんだって皆自信がある奴が行くんだから。アンタが大きい魚になってから呼ばれたら行けば?」

 やはり母は母だ。そう、今の僕には自信のじの字すら持ち合わせていない・・・全部見抜かれていたようだ。

「大きい魚・・・」

ドロップアウト時の担任に、手続きの際

「大物になれよ」

 と言われたことを思い出した。顔を見ていなかったので、茶化されたのか大真面目だったのかは未だにわからない。

 そんなことを確認しに行くのも悪くないが、どうしても体が拒否する。学校アレルギーの僕は、ズル休みした弟の部屋への足を走らせていた。

 

 相変わらず太鼓の達人が上手い彼。いつも横でむずかしいをプレイするのも恥ずかしいので、最近僕も練習を始めた。弟曰く「まずはむずかしい全部やれ」とのことなので、息抜き程度にプレイしている。なんの息抜きかは自分でもわからないが。

 今朝彼が母と学校に行く行かないで一悶着あったことを知っている僕は、どうにか優しくしてやりたいと考えていた。母が

「ろくでもないのは兄ちゃんだけでこりごりよ!」

と叫んでいるのを耳にしてしまい、モヤモヤが晴れずにいたからだ。

ハイスコアガール」の大野姉妹のような関係の僕と弟。

 

「お前さ、太鼓うまいんだからドラムかベースできんじゃね?リズム感あるでしょ」

秋山澪?」

放課後ティータイムやるか、俺ギターだから平沢唯な。お前ベースで秋山澪な」

 

 放課後ティータイム結成の日は近い・・・!オアシスでも可。半分オブジェと化しつつあったギターを抱きながら眠りにつく僕は、はたしてプリキュアの時間に間に合うのか・・・?

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ステイサムが素手でサメと戦うのが面白すぎた「MEG ザ・モンスター」

MEG ザ・モンスター

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 正直僕は予告編を観た限り、「ジオストーム」のような映画だと思っていましたが、概ねその通りでした。しかし、違うのはネットでの評価。

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  ジオストームが3.7に対し、MEGは3.1。MEGの低評価レビューをざっと確認した限り、「中国が舞台、中国推しが気に食わない」といった内容がちらほら。

 確かにステイサムが元カノを差し置いて、現地のクルーと恋に落ちるのには多少違和感を感じましたが、よくあるパニック映画での恋愛と同じくスパイス程度でしかないので、個人的にはあまり気になりませんでした。

 

 あらすじとしては、5年前にメガロドンと遭遇し、二人のクルーを見殺しにして脱出した過去を持つステイサムが、再び現れたメガロドンを退治する話。

 冒頭では、ステイサムはレスキュー隊員で、復活したメガロドンに襲われた潜水艦を救いに向かいますが、閉じ込められたクルーの中になんと日本人が!

中国資本なので、パニック映画あるあるの「アジア人・黒人は真っ先に死ぬ」は当てはまらないもしれぬと期待しましたが、やはり英雄になってしまいましたね。世界は残酷だ・・・

 

 正直、サメ映画としては今作はとても真面目です。復活した「メガロドン」は、空を舞いませんし、機械と合体もしません。ただただ巨大な生ける化石として、クルーやビーチの観光客を襲います。

 真面目なサメ映画なんて退屈でしかないだろ!と考えるサメ映画ファンは大勢いると思いますが、この映画テンポが非常に良いです。近年のパニック映画と比べても、遥かにテンポが良い。 

 過去のトラウマ→繰り返される惨劇→自己中な投資家のフリとオチ→無能な現地人クルー→それを嫌な顔一つせずに助ける漢ステイサム→一般人まで巻き込む大事件に→ステイサムのサメ狩りがスタート

と、本当にテンポが良いです。

 

 もちろん、笑い所もあります。ビートたけしアウトレイジのような本人はマジメだけど、傍から観ると笑い所でしかないみたいな。

 僕のお気に入りシーンは、無能な現地の女クルーを救出する為に、ステイサムが酸素ボンベ一つで海に飛び込むシーンですね。流石に無茶すぎるだろ、と。劇場でも所々笑いが起きていましたね。特に左列に座っていた大学生集団。

 

 そして本作は「フリ」と「オチ」が丁寧な点がポイント高いですね。メガロドンを倒し、死骸に顔を突っ込み記念撮影を試みるクルー。

「いや絶対こいつ生きてるパターンですやん」

と思いきや・・・そうではなかった。

 来るぞ来るぞと身構えている僕をじらし、斜め上からオチをつけるメガロドン。なんともないシーンでも冷や冷やさせられましたが、これこそがパニック映画の醍醐味だよな~なんて思いました。

 

 それでもやっぱり、海洋学者の娘でイキるくせに無能な現地女クルーは少しうざったかったですね。ステイサムもよくもまぁ何度も助けるよ、うん。

そこから恋仲になる展開は少々強引すぎる気もしましたが、作品全体としてのテンポが良いのでギリギリ許容範囲ですね。

 

 そんな訳で、心内評価3.8/5です。

テンポが非常に良い、ステイサムの馬鹿マジメなギャグ要素、フリとオチが丁寧なのがアド。強引なヒロイン推しはディスアド。

 ヒットしているので、大きな期待を抱き劇場へ足を運ぶ人がネットでちらほら見られましたが、あまり期待しない方がオトクだと思います。本当に「ジオストーム」を観にいく位の気持ちで鑑賞しましょう。

 

成長とは

 今日も、良い意味で言動や行動が同年代と比べて少し大人びている、と褒められた。正直生きていて褒めれられることはそうそうない分悪い気は全くしないのだが、違和感を抱くのは毎度のことである。

 僕は本当に子どもだとつくづく思う。まるで自分の人生を他人事のように舵を切っていて、責任を負うのが大嫌い。都合が悪くなったり決断のリミットが迫れば現実逃避を繰り返す。子どもどころか、まるで赤ちゃんだ。

 他人にはさも自分の事柄かのようにアドバイスをしたり寄り添って思考する、出来る癖に、自分のこととなるとテンで駄目だ。
親には数えきれない程無責任だと言われてきたが、自分でも本当に無責任な人間だと思う。

 そんなことを考えていると、夏の終わりも相まってナーバスになってしまった。そんな僕が現実逃避する場所は、決まって映画館。
 つい昨日宿題に全く手をつけていない弟と遊園地で遊んだばかりなのに、どうしても夏を終わらせたくない僕。最後の抵抗だ。

 鑑賞した作品は、「ブリグズビー・ベア
25歳の主人公が、実の親ではなく誘拐犯に25年間もの間育てられていた、と知る。
 肉親の元に戻るものの、幽閉されていた彼の唯一の情報源「ブリグズビー・ベア」という教育番組のことをどうしても忘れることが出来ず、うまく家族と馴染めずにいる彼だった。
そんな中、妹とパーティーに参加したことをきっかけに、友人をつくり、やりたいことを見つけ成長していく・・・といったストーリー。
 
 この映画の内容を要約すると、25年間引きこもってたけど、外の世界に出て友達作ればなんとかなるぜ!ってこと。そんな内容とメッセージは陰キャオタクの僕にはあまりにも眩しく、日を浴びたドラキュラのように僕は灰と化した。

 夜の生暖かい渋谷の街を歩いていると、昔塾の先生が退職時にくれたメッセージカードのことをふと思い出した。
 「人は、人と関わっていくことでしか成長できないので、これからもたくさんの人に囲まれて酸いも甘いも色々な経験をして素敵な男性になってね。」
 この一文は定期的にフラッシュバックするのだが、映画の内容とマッチして考えざるを得なくなった。
 
 毎度のことなので、手順は大体決まっている。まずは、
「あの時と比べて成長できているだろうか?」
と考える。答えは半分YES。

 バイトやらで長いものに巻かれるようになったのは、良くも悪くも成長した証なのでは、と考えるからYES+1
 でもただのコミュ障な部分があるのでYes-0.5
 「たくさんの人に囲まれて酸いも甘いも色々な経験をして」後半は色んな意味でYes+1
 「たくさんの人に囲まれて」は満たしていないのでYes-1

 よって、答えは半分YES。

 それにしても本当に的を射た人生の先輩からのメッセージだな、とつくづく思う。
「人は、人と関わっていくことでしか成長できない
これは本当にその通りで、僕自身の課題だな、と思う。

 今日鑑賞した映画の主人公も、友人や周囲の環境を通して成長していき、自分の道を切り開いていた。一人なら、絶対に到達することができない道を。

 僕にも、そんな人生のパートナーが居ればな、と帰りの電車内で考えていた。別に彼女とかじゃなくて、互いに心を許し合える友人・・・いや、僕にも一人だけ居た。それは弟。

 彼女や友人をも凌ぐ究極の関係、弟。彼も僕と同じくメンヘラ傾向があるらしいが、僕がいると気持ちが和らぐそうだ。こんなダメ兄貴でも、心は通じ合っているようだ。

 弟となら、なんだって出来る気がするな・・・そんな暖かな妄想を抱きながら、今日も眠りにつくのだ。

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